住友金属鉱山の歴史

歴史に学び、精神に活きる

420年以上の歴史を持つ住友の銅事業。
その歴史のなかで幾度も大きな環境変化に見舞われてきましたが、変化を鋭敏に捉えて、新たな戦略・新たな組織・新たな事業を興して、着実な企業成長を遂げながら広く日本の社会発展に貢献してきました。
そして今、住友の源流事業を継ぐ私たち住友金属鉱山はあらためてこの歴史を学び、その歴史の中で培われた「住友の事業精神」に基づき、確実な前進を図っていきます。

(監修・資料提供 住友史料館)

1590年〜 銅製錬の始まり 別子銅山の稼業(江戸時代)

日本では戦乱の時代から安寧な江戸時代へと向かっていきます。そうしたなかで住友は、革新的な技術をもって銅製錬事業を成功させ、別子銅山の開坑によって事業発展の基礎を築いていきます。

1860年頃〜 幕末・明治維新の危機 西洋技術の導入(近代化)

670年以上続いた武家社会が崩壊し全く新しい社会が作られようとするなかで、別子銅山もその激流に巻き込まれ存亡の危機に直面します。しかし住友は、その窮地を乗り越え新しい時代の幕を開きました。

1890年頃〜 銅製錬所の移転 ニッケル事業開始

近代化を進めてきた日本は急速な発展を遂げていきます。別子銅山もその流れに沿うように好機と危機の両面に相対しながら前進を続けました。

1950年頃〜 電子事業の開始 別子閉山

第二次世界大戦後、急速な経済成長を続ける日本に対して、欧米の先進諸国は貿易や為替の自由化を求め、結果的に日本は貿易開放政策を進めます。国際競争力がさらに求められるなかで、住友金属鉱山は経営の抜本的な改革を推進しました。

1970年頃〜 菱刈鉱山の操業 世界的な競争力の強化

高度経済成長期が終わり、日本経済はメーカーを中心にグローバル展開が活発化します。そうしたなかで住友金属鉱山は、国際的な競争基盤を確立すべく世界の舞台へ挑んでいきます。

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