HISTORY OF SUMITOMO

1500

1590年銅製錬 銅製錬事業の始まり製錬事業
イノベーション・トピックス南蛮吹き
銅鉱石の中に含まれる銀を抜き出す技術は当時の日本になく、銅に銀を含んだまま銅の価格で販売・輸出されていました。業祖・蘇我理右衛門が銅と銀を分離する「南蛮吹き」と呼ばれる製錬技術を開発。大阪の銅製錬業者に広く公開し、富の損失を防ぎました。
南蛮吹き
提供:住友史料館

1600

1650年文殊院旨意書(もんじゅいん
しいがき)
経営・組織

現代に続く住友の事業精神は、住友家初代政友(1585年~1652年)が晩年、商人の心得を説いた文殊院旨意書が源となっています。

文殊院旨意書
提供:住友史料館
1691年銅鉱山 別子銅山開鉱
300年以上受け継がれる
鉱山技術資源事業

別子銅山は開坑から283年にわたり操業を続け、住友の発展に大きく寄与しました。この別子銅山の開坑を機に、住友の事業は銅の製錬事業に加え資源事業へと広がっていきます。別子銅山で培われた鉱山技術は、世界に広がるSMMの資源事業に脈々と受け継がれています。

別子銅山

1700

1700年頃長崎貿易の主力

江戸時代、銅は国際商品として国内生産高の約半分の量が長崎貿易により輸出されていました。住友は1698年に年産約1,500トンの産銅量に達し、これは当時の国内生産高の四分の一を占める量に相当します。

1800

1894年大規模植林事業経営・組織

2代総理事・伊庭貞剛が別子銅山支配人に就任し、大規模な植林事業を開始。ピーク時には毎年200万本を超える植林を行ない、別子山を緑あふれる山に蘇らせました。

提供:住友史料館

提供:住友林業

1900

1900年頃産業の近代化

明治時代以降、通信線や電灯電線、伸銅品の需要の増大などにより、銅の内需が大幅に増加しました。洋式製錬を導入した別子銅山がわが国の産業を支えました。

1905年新居浜沿岸部から
四阪島に製錬所を移設製錬事業
1917年金鉱山 金鉱山事業を開始資源事業
金鉱山

資源としての金の重要性が高まる中、北海道・鴻之舞鉱山の経営権を取得。銅鉱山が中心だった資源事業のポートフォリオに、新たに金が加わりました。

1939年ニッケル製錬
ニッケルの製錬事業を開始製錬事業
イノベーション・トピックス世界をリードする技術
1939年にスタートしたニッケル製錬事業が、後にMCLE法などニッケル製錬技術の開発、2000年代にはHPAL技術の実用化による原料調達の多様化など、世界のニッケル製錬技術をリードしていきます。
ニッケル製錬事業
1939年四阪島、煙害の克服製錬事業

1939年、煙害の根本原因であった亜硫酸ガスの排出ゼロを実現し、世界中の銅製錬所が抱えていた煙害問題を世界に先駆けて解決しました。

1960

1960年材料事業へ進出材料事業
二酸化ゲルマニウム
イノベーション・トピックス金属に新しい価値を
わが国では鉱山事業が縮小する一方、新たな市場として電子材料事業が注目されていました。SMMは1960年にトランジスタ向け二酸化ゲルマニウムの生産を開始。その後も様々な電子材料を市場に提供し続けています。
1961年海外銅鉱山 カナダ・ベスレヘムへの投融資買鉱契約を締結資源事業
1961年海外銅鉱山の権益取得資源事業

戦後、国内鉱山の閉山により海外から原料を調達し製錬する方式への転換を余儀なくされていました。1961年にベスレヘムへの投融資買鉱契約を締結し、海外鉱山へ参画。現在に至る鉱山権益への足がかりを作り、1986年には優良な鉱山として知られるモレンシー銅鉱山の権益を取得しました。

1971年東予工場の生産開始製錬事業
1973年鴻之舞鉱山閉山、
別子銅山閉山資源事業
1979年佐々連鉱山閉山資源事業

1980

1980年頃ステンレス鋼の普及

ニッケルはステンレス鋼や特殊鋼の原料として使用されており、これらの素材は通信、医療、建材、発電などさまざまな分野で活用されています。

1985年菱刈鉱山の操業を開始資源事業

1979年、佐々連鉱山の閉山により引き継がれてきた鉱山技術の幕が一度は閉じることになります。しかし1985年に菱刈鉱山が操業を開始。当社グループの技術は新たな場所で歴史を刻み始めました。現在まで豊富な金含有率を誇り収益の柱となるとともに、鉱山技術を継承する役割も担っています。

1986年モレンシー銅鉱山の権益を取得。
海外銅鉱山への投資を本格化資源事業
1992年ニッケル製造プロセスを
MCLE法に転換製錬事業

2000

2000年頃車載用二次電池正極材の
需要急増

環境意識の高まりなどを背景に、ハイブリッド車や電気自動車向け車載用二次電池正極材の需要が急速に増加しました。当社グループではお客様との密接な連携により、高性能で安全な電池正極材の供給を図るとともに、電池正極材の原料であるニッケルおよびコバルト生産者としての責務を果たしています。

2001年車載用電池材料の生産を開始材料事業
イノベーション・トピックス電池の高容量化を可能に
当社グループが生産するニッケル酸リチウムはニッケルの含有率が高く、電池の高容量化を可能にしました。原料調達から電池材料供給まで一貫生産ができる強みを生かすとともに、電気自動車が一度の充電で走行できる距離を長くすることに貢献しています。
2005年セロ ・ベルデ銅鉱山生産開始資源事業
2005年コーラルベイニッケル生産開始製錬事業
イノベーション・トピックスHPAL法の実用化
世界に先駆けてHPAL法による低品位ニッケル酸化鉱からのニッケル資源化を実用化。ニッケル資源の有効活用と自社調達に寄与するとともに、事業拠点であるフィリピンでの社会貢献活動なども行っています。

2010

2010年資源×製錬×材料の
3コア事業へ経営・組織

09中計で「資源×製錬×材料」の3コア事業へのビジネスモデルの転換を発表。経営資源をコアビジネスへ積極的に集中・投資しました。

2013年タガニートHPAL生産開始製錬事業
タガニートHPAL
2014年電池材料の増産、
SAWフィルター
LT/LN※1の増産材料事業※1 LT/LN:LT(Lithium Tantalate)/LN(Lithium Niobate)。タンタル酸リチウム基板/ニオブ酸リチウム基板。情報通信端末用SAWフィルターのチップに用いられる。
ニッケル酸リチウム(電池材料)
2015年シエラゴルダ銅鉱山の
操業を開始資源事業
シエラゴルダ銅鉱山
2016年モレンシー銅鉱山の
権益追加取得資源事業
2017年コテ金鉱山の権益を取得資源事業
2017年働き方改革経営・組織
2019年長期ビジョン見直し経営・組織

18中計を発表。長期ビジョンを見直し、「世界の非鉄リーダー」として当期利益1,500億円とする目標を発表しました。

2019年ケブラダ・ブランカ銅鉱山の
権益を取得資源事業
秋のインターンシップ
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